短編 | ナノ


▼ 秋伏

この世界は平常が異常だ。
そのことに気付いたのは随分遅いもので、その日が来なければきっと俺は今までどおり過ごしていたのだろう。自分の生きている世界を理解しているつもりだった。自分の置かれている立場を判っているはずだった。けれどもそれはただの思い込みで、その日からそれまで普通に生活していたものが全部異常に感じられてならなくて、生きた心地がしなくなった。

上空にそびえ立つ4本のダモクレスの剣。それぞれから放たれる光がぶつかりあっているのを非力な俺は離れた場所で見ているしかなかった。ただ不安に苛まれながらあの人の無事な姿を想像し、祈る。こんなときに何もできない自分が憎くて、握り締めた掌に爪が食い込んで血が出てしまっていた。
どれだけの時間がたったのか、時間の流れも忘れて手を組んでひたすら祈りながら待っていると道明寺の室長だ!という声が俺の耳に響いた。
顔を上げればそこには紛れもない俺たちの王の宗像礼司が生きていて、その姿に心から安堵した。だが。
霧の中から出てきた室長の表情は晴れたものではなく、手や衣服のところどころに血がついているのを見て、室長の表情を見て、な んとなく、悟った。
周防尊は死んだのだと。



あの日から一週間が経っていた。あれからあの事件の処理に追われた俺達は多忙な日々を過ごしてた。皆、口には出さないがそれぞれ思うところがあるらしく曇った顔で仕事をしていた。特に伏見さんの顔の浮かなさは目についた。やはり古巣とはいえ悲しい、ものなのだろうか。

室長もそうだった。普段から俺は室長とあまり話さない方で書類提出で少しだけ言葉を交わすくらいなのだが、その際に見る室長の顔がやはりどこか前とは違っていて。
俺は室長を尊敬している。でも俺なんかの言葉はこの人に響かないし届かないことは知っている。何もできないことが、歯痒かった。


「…ま!…秋山!」
「おい、秋山」

ハッとして顔を上げると隣の弁財が俺を小声で呼んでいて、何事かと思い、ん?と言えば頭上から「ん?じゃねーよ」というドスのきいた声がふってきた。

「ふ、伏見さん」
「さっきから呼んでんだよ馬鹿。アンタの耳は飾り物か。」

俺のせいで機嫌が底辺に落ちてしまった伏見さんは舌打ちを一つするとかなりの量の書類を俺のデスクにドスン、と音を立てて置いた。

「…ったくなんで俺がアンタのミスした書類をわざわざもってきて置いてやらねーといけないんだよ…」
「え?」

俺がこの量のミスをしたというのか。ありえない、信じられない、というような目で伏見さんを見上げれば、疑うんだったら自分で確認してみれば?と。
忙しいのに伏見さんがこんな悪質なイタズラをするわけがないとはわかっているが、一応確認する。ペラペラと捲っていくと、序盤から誤字脱字やここに書くものではないものを書いていたり段を違えていたり…ひどい有り様だった。

「すみません…」
「珍しいこともあるんだな。今日中に終わらせろよ」
「あ、は、はい」

意外だった。てっきりいつもの日高のように怒鳴られて怒られるのだと思っていた。かと言ってそれを口に出して怒られに行くのは嫌なので口には出さない。早々に終わらせようと書類の打ち直しをはじめた。

他人の心配ばかりしていたが、俺も人並みに動揺していたのだろう。自覚していなかったが。それでこのザマだ。もっとしっかりしなくてはな、と長めの溜息が溢れた。




「伏見さん、すみません、終わりました」

無事定時までに書類を書き直せた。それを受け取って、ああ、とだけ返事を返される。

「なあ、」
「は、はい」俺が提出した書類を見やりながら声をかけられてビクリとする。またどこか間違えていただろうか。ビクビクしながら伏見さんを見ると、別に怒っているわけではないようで、あのさ、と一言置いたあと、目を伏せて仕事終わったらちょっと話せるか?、と。

なんだろう、説教だろうか。そう思ったがもちろん断るなんて選択は無く、はい、と答えたのだが。



仕事を終え、呼ばれた場所は建物の外にある自販機の隣のベンチ。ほとんど喫煙所と化しているそこはヤニの臭いが充満していて、さぞかし嫌そうに顔を歪める伏見さんが何故か面白いと思ってしまった。

外はまだ寒くて、息をはくと白い息が出る。小さい頃はこんなことにテンションが上がっていたな、なんて考えていると自販機でコーヒーを買った伏見さんが少し距離を置いて俺の隣に座った。

今日のミスのことで怒られるのだろう。それしか心当たりがない。覚悟して黙っていると何故か伏見さんも黙ったままで、そのまま沈黙が5分程続いた。重苦しくて耐えられない。

「あのさ、」

やっと話し出した伏見さん。自分なりに言葉を選んでいるようで、なんだかすみませんと言いそうになる。

「室長のこと、心配なんすか」
「え」

紡がれた言葉が想定外で思わず間抜けな声が出る。

「え、ええ、心配といえば心配ですけど」
「室長もアンタのこと心配してましたよ。最近の秋山は秋山らしくないって。 」

そうなのか。驚きで目を見開いてしまう。室長が俺のことをそんな風に思っていてくれたのかと。そしてそれを伝えてくれる伏見さん。突然の鬼畜眼鏡2人のデレに戸惑ってしまう。だがそれと同時に心配されていた自分が情けなくて自己嫌悪してしまう。仮にも室長よりも年上なのだ。欠陥のない完璧な部下でいたいのに、仕事でミスするし心配はされるし、自分が嫌になる。

「……アンタ、今自分が情けないとか思ってんだろ」
「…!」
「そうやって自分を追い込むとこ、よくないと思いますけど」
「いや、でも」
「別に完璧じゃなくていいんすよ。アンタは出来過ぎてる。確かに仕事が出来るに越したことは無いですけど、それが自分を追い込んで成しえたもんなら、意味ないですよ。その反動が今日みたいな感じで返ってくるんです」

何も言えなかった。全部見透かされたかのようで、恥ずかしさにも似た感情が渦巻いた。今伏見さんが話したことは室長も思っていることなのだろうか。人のことを人間観察のように見ているあの人のことだ。きっとそうなのだろう。

「…はい。すみませんでした。以後気をつけますので」
「……じゃあ、俺はこれで」

そう言い残してスッと立ち上がる。有難うございました、と言おうとしたつもりが、口からは待ってください、と出ていた。
振り返り、なんだよ、という顔で見られるが、俺も何故引き止めたのかわからない。ので、少し気になっていたことを聞いてみることにした。

「あの、伏見さんは赤の王…周防尊が消滅して、どう思いましたか」

俺の質問に目を見開く伏見さん。我ながら超ストレート。ストレートにいきすぎただろうか。

「…俺もよくわからないんすよ」


そうポツリと呟いた声があまりにも悲しげで、驚く。そして気付く。伏見さんにとっても必要な存在だったのだと。

「俺から美咲を奪った人なのに、恨める人じゃないんだ。だから、ムカついてたのに、居なくなってしまうなんて、卑怯だ。」

独り言のようにぽつりぽつりと吐露される本音。それをなんで俺の前で言ったのか真意は分からないけど、今のは忘れてくれ、と自嘲気味に笑う彼を、何故だか抱き締めたくなった。






環さんのキリリクで秋伏でおまかせということだったので自由に書かせてもらいました!意味がわかりませんね!私もです!キリリク有難うございました!



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